ジブリ都市伝説!ゲド戦記は親子ゲンカの象徴だった…

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スタジオジブリの作品内でも、中々に異端扱いされているゲド戦記

「ジブリ映画で最も好きな作品は?」と質問されても、この作品を挙げる人はそう多くないだろう。

しかし、逆にいえばそれだけコアな作品であるとも言える。充分に見ごたえもあるし、実は隠れた噂も存在するほど…

今回はそんな、ゲド戦記にまつわる都市伝説を紹介していこう。

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ゲド戦記の名場面!父親殺しのシーンに存在した都市伝説

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「ゲド戦記」では、序盤に主人公のアレンが実の父親でもある国王を殺すシーンがある。

理由としては、突如ドラゴンが現れたために人間界のバランスが崩され、アレン自身の心の平衡も保てなくなったからだ…

あるいは衝動的なものなどとされているが、作中ではあまり明確になっていない。物語の終盤には、結局この「親殺し」の罪を償うためアレンはテルーたちと別れて、独り国境に帰って行くのである。

このラストシーンはハッピーエンドで終えることの多いジブリ作品の中では、ちょっとレアな展開になる。

国王でもある父親を殺したとなれば、その罪を償うことは当然の道理…とは言え、少し考えればこの流れがおかしい事も分かる。

「そもそもゲド戦記において、父親が殺される理由があったのか」と、つまりこういうことである。これについて、やや面白い都市伝説がネット上に存在するのだ。

というのも、視聴者の多くはやはり「アレンが父を殺す必要まではなかった」という意見を持っているようである。

すると「では何故?」と疑問に感じるのは当然だし、ある謎に対して理由や必然性を見出したくなるのも自然な流れだろう。そして、多くのユーザーはこの都市伝説についてこう考えた。

宮崎吾朗(息子)が宮崎駿(父親)を超えるための表現

ご存知の通り、ゲド戦記とは宮崎駿の息子である宮崎吾朗が初めて監督に就任したアニメ映画だ。どんなものであっても初めてというのは、少なからず緊張するものである。

宮崎吾朗におけるその「初めて」が、まさかのジブリ映画という大看板だったのだから、プレッシャーもひと塩だったろう…更に父親の宮崎駿といえば世界中に知られる大監督であり、嫌でも「その息子」というレッテルも付いてくる。

恐らく宮崎吾朗氏の中には、尋常ではないフラストレーションが溜まっていたものと思われる。

都市伝説いわく、その心境をゲド戦記に投影したものがアレンの父親殺しであり、偉大なる宮崎駿を『国王』に見立てたのはある意味で適切な表現だったというのだ。

しかし、例え作品の中とはいえ、父親を殺してしまったことに宮崎吾朗氏は後悔の念を抱いてしまったと言う。その謝罪の気持ちがラストシーンのアレンの決意に現されている…と。

かいつまんで説明するとこんな具合である。もちろんただの都市伝説ではあるが、中々に説得力があるのではないだろうか。

ちなみに宮崎吾朗氏は、自身2作目となる監督作品『コクリコ坂から』でも、ゲド戦記と同様「父親」を爆殺しようと試みた。性懲りもない話である。

ところがこちらは、現実世界の父親(駿氏)が脚本を手がけていたため、映像化がされる前に発覚…

都市伝説によって「映像化された後にお蔵入り」など様々なバリエーションがあるが、いずれにしろ宮崎駿氏の怒りを買ってしまい、問題のシーンは本編では全面カット仕様となった。

客観的に見れば「ゲド戦記でやり切ったんだから充分だろう」と思うかもしれない。だが、あまりにも父親の背中が大きすぎるので、何というか「殺しても殺し足りない」ほどの想いがあるのかもしれない。

流石に3、4作目でも同じことをしていたら「やれやれ」と呆れ返ってしまいそうだが…

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都市伝説が現実に…ゲド戦記公開後に壮絶な親子ゲンカに発展?

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上記の都市伝説は、普通なら「単なる噂」や「こじつけ」と一蹴してしまえる話であろう。ところがゲド戦記の場合には、一定の信ぴょう性や説得力のようなものが存在する。

それは何故か?というと、この作品が劇場公開された時に宮崎駿が次のコメントを残しているからだ。

まるで成長しきっていない子どもの頃のままの、息子そのものを見ている気分になった

また、続けて「1作品完成させたからもう充分。2本目は作らない方がいい」といった旨の発言もしているのだ。ストレートに表現するならば「監督としては未熟。才能もないから辞めてしまえ!」といった具合だろうか。

確かに、ゲド戦記は興行収入的にもイマイチだったし、旧来のジブリファンからも否定的な意見の多い作品ではある。

しかし、一方で「優秀なジブリ映画の1つ」あるいは「初監督作にしてはよくやった」と見る声があるのもまた事実。ところがそんな肯定的な意見を真っ向から切り捨てたのが、この駿氏の発言だ。

都市伝説によると、このあまりにもぞんざいな言いっぷりに端を発して、壮絶な親子ゲンカに発展したと言うのがもっぱらの噂である。

一説には父親の駿派と息子の吾郎派で、スタジオジブリが2つに別れるほどの抗争だったとも言われているが、真偽の程は定かではない。ただ『ゲド戦記』の公開が2006年で、吾郎氏の監督2作目になる『コクリコ坂から』が2011年

その間なんと5年ものブランクがあることを考えると、やはり何かしらの仲違いがあったのは事実と見て良いだろう。

特にこの時期は、スタジオジブリが『経営5ヵ年計画』として若手育成に力を注いでいた期間でもあり、後継者として最も相応しい吾郎氏が干されていた理由が他の点にあるとは考えにくいのだ。

ただし都市伝説で語られるような親子ゲンカが実際にあったとして、その発端となった宮崎駿の「辞めちまえ」発言であるが…

これが仮にゲド戦記の『父殺し』のシーンにブチギレしての発言であったとしたら。なんというか、もう、吾郎氏の自業自得としか思えない。

しかし宮崎吾朗に才能がないかと言えば、決してそうではない。

例えば以前、スタジオジブリに所属していたことでも知られる『エヴァンゲリオン』の庵野秀明氏。彼がゲド戦記の絵コンテを見たところ「これは完全に宮崎アニメだ」と賛辞を送っていたりもする。

また当時、宮崎吾朗が40歳近くになっていたことを知ると「どうしてもっと早く(監督業を)やらせなかったのか!」と、若い内から彼の才能が見出されなかったことを嘆いたほどである。

更に別の有名なアニメーターにゲド戦記の絵コンテを見せた時にも、宮崎駿が描いたものだと疑わず、しばらくは宮崎吾朗が描いたものだと信じなかったという都市伝説まである。

こうしたエピソードから考えるに、どうも『仲違い』の噂の実情は親子ゲンカというよりも「息子の成長を素直に認められない困ったお父さん」という構図が正しいのではと思われる。

天才やら生きる都市伝説と呼ばれる人物も、少し掘り下げて見ればやはり人間なのだ。

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ゲド戦記をめぐる親子ゲンカは未だ続いている!?

ちなみに、このゲド戦記。映画自体は結構いわく付きの作品で、もちろん「謎の声が聞こえる」「変な影が映っている」のようなホラー的なエピソードはないが、とにかく制作サイドのゴタゴタが噂されまくっている。

実を言うと「父殺し」に端を発した親子ゲンカ(実際にあったかどうかは別にして)よりも前の、制作に入る以前から内ゲバ的な都市伝説エピソードが存在しているのだ。

このゲド戦記という映画は多くのジブリ作品がそうであるように、やはり原作の存在する物語である。

その原作は1968年から刊行された同名の長編ファンタジー小説となっていて、いわゆる古典作品としても挙げられる歴史ある小説だ。

特に英語圏では『指輪物語』や『オズの魔法使い』と並んで世界3大ファンタジー小説と呼ばれるほどで、あの大ヒット作『ハリーポッター』シリーズにも影響を与えたとまでされる名作なのだ。

都市伝説によるとこの作品をジブリ映画として手がけたいと考えたのは、まだ宮崎駿が現役バリバリの頃だったという。しかし映像化の話を出版社側に持ちかけたところ、あまり快い返事はもらえなかったとのこと。

そこで代わりに作られたのが『風の谷のナウシカ』だ。つまり都市伝説的に言えば、不朽の名作『ナウシカ』は『ゲド戦記』から生まれたと言っても過言ではない。

その証拠にジブリファンの間では、しばしばこの2作品に類似性のあることが指摘されている。

結局、それから20年ほど後に『ゲド戦記』の映画化の話が持ち上がるのだが、当時の駿氏は『ハウルの動く城』の制作に付きっきりで他の作品を手がけている余裕などなかった。

そこで白羽の矢が立ったのが、息子の吾朗氏というわけだ。ちなみに映画化の話を出版社サイドから持ちかけられた理由は、原作者のアーシュラ・K・ル=グウィンの心変わりによるもの。

そのきっかけを与えたのが『となりのトトロ』だったという都市伝説もある。つまり、ル・グウィン氏が『トトロ』に感銘を受けて「ぜひともジブリで映像化を!」という話になったそうだ。

そんな20年来の奇遇な運命など全く知らなかった、宮崎吾朗氏。

初監督作というプレッシャーや右も左も分からない状況にあたふたしていたことも相まって、父親のいわゆる「万感たる想い」みたいな部分を充分に汲み取れないまま、ゲド戦記の制作に当たったというのだ。

駿氏にしてみれば、大切に温めてきて「そろそろヒナが殻を割るぞ!」という直前まで育った卵を、無慈悲にも踏み潰されたような感覚だろうか。

つまり怒るなと言う方が無理な話であり、やはりここでも壮絶な親子バトルが巻き起こったと言うのが今回の都市伝説だ。まあ、ケンカするほど仲が良いとはよく言ったものだが…

ちょっとした口論すら大騒ぎになるほど「スタジオジブリ」のネームバリューは大きいため、ファンとしては出来ればもう少し事を穏やかに進めてもらいたいところである。

と言うより、都市伝説が全て事実だとすれば本当に可哀想なのは、むしろ他のスタッフ達な気がしてならない。

スタジオジブリの作品と言えばどれも名作揃いだが、それは素晴らしい原作に深味のあるテーマが加えられているからではないだろうか。

そうした観点から今回の都市伝説を考えてみると、これはゲド戦記が親子の葛藤を描いた作品であるとも見て取れる。

あるいは、そうした視点から作品を鑑賞し直してみるとまた新しい発見があるかもしれない。

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