中川家の兄弟愛がスゴい…剛の「パニック障害」を影で支える礼二

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大阪のおばはんや、コアすぎる鉄道員のものまねなど、弟礼二の強烈なキャラクター性が印象的な兄弟コンビ「中川家」。

もちろん、ネタをやらせても上方の本格的なしゃべくり漫才で実力も申し分ない。そんな中堅芸人の立場を不動のものにしている彼らだが…

実は現在の知名度を得る前に、数々の苦労があったことをご存知だろうか?

今でこそ知られる兄・剛のパニック障害と、その困難を乗り越えた兄弟愛に溢れる感動エピソードを今回は紹介しよう。

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剛と礼二のパワフル漫才!中川家、栄光の芸歴

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中川家と言えば、2001年に行われた「M-1グランプリ」の初代チャンピオンとしても知られる実力派の漫才コンビだ。

しかし、初めから順調に芸能界を生き抜いて来たわけではない。彼らは高校(礼二は専修学校)卒業後、兄・剛の誘いで吉本興業のお笑い養成所である「NSC」に第11期生として入った。

この頃の同期には、陣内智則やケンコバ、NSC以外だとココリコや藤井隆らがいる。

中川家と言うと意外に若手の印象も少しあるが、周囲のメンツを見ると中々の中堅どころであることが分かるだろう。

コンビ自体も1991年に結成したため、2001年に行われたM-1グランプリは参加資格の「結成10年以下」ギリギリという状況での挑戦だった。

しかしここで見事な優勝を果たした中川家は、弟・礼二の容赦ないツッコミと兄・剛のひょうひょうとしたボケという組み合わせもウケ、いわゆる「成功の階段」をあれよあれよと上り詰めていった。

そして現在でも、くだんの礼二のものまねなど濃い芸風によって「不動の中堅芸人」というポジションを占めており、傍から見れば「お笑いコンビの成功例」の典型ともいえる二人である。

そんな順風満帆に見える中川家であったが、実は悟られたくない多くの苦労があったのだ。兄・剛の「パニック障害」もそんな困難の一つだ。

 

『中川家』結成後、すぐに剛がパニック障害に

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今でこそ多くのメディアで語られているため「中川家の剛がパニック障害だった」という事実を、ある程度の人は知っているかもしれない。

しかし彼がこの病気を発症した1997年当時、ほとんどの人がこの事を知らなかった。

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彼らはNSC在学中から『オールザッツ漫才』に出演し、1996年には『ABCお笑い新人グランプリ』という「売れる芸人の登竜門」と呼ばれる賞まで受賞するなど、華やかなお笑い人生を歩んでいた。

が、そこに来て、兄・剛の突然の「パニック障害」。最終的にレギュラー番組はラジオ1本のみとなってしまう。

そこには、当時この病気に対する周囲の理解がなかったせいもあるだろう。そもそもパニック障害という言葉だけ知っていても、それがどういうものか深く理解している人は残念ながら多くはない。

これはれっきとした「精神病」に分類されるもので、科学的には不安障害の一つに数えられている。

突然予期していない心配ごとや焦りに襲われ、その事態に対処できずにパニックに陥ってしまうというものだ。

病状が進むと「広場恐怖症」という状態に発展してしまい、文字通り人の多い公共機関や施設、あるいは雑踏などにも恐れを覚えてしまう。

恐らくは中川家の剛も、この広場恐怖症を併発していたと考えられる。もちろん不安のために眠れなくなり、不眠症まで引き起こす。

あるいは他の精神病…例えば強迫性障害なども合わせて発症してしまうこともある。

字面のせいもあってか、我々はあまりパニック障害というものを重く受け止めていない雰囲気があるが、実は結構シリアスな病気なのだ。

 

兄の剛を支えた弟・礼二!二人三脚で乗り越えたパニック障害

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一口に「パニック障害」と言っても、症例というか病気による行動は人それぞれ異なる。中川家・剛の場合は元々芸人ということもあってややユニークな語り口だが、明石家さんまとの対談で語られた。

例えば、仕事場まで電車で向かわなければならないという時。

乗り換えのため、ホームで待っている最中に突然「仕事」に対する恐怖に襲われてしまい、そのまま職場とは逆方向の電車に乗ってしまったという。

しかもそれが無意識ではなく、意識的に乗ったと剛本人の口から告白されたのだ。明石家さんまから「ワザとなん?」と訊ねられても「はい。イヤになって」と、あっけらかんと答えるのだ。

さらには職場に到着し、いざ舞台の中央に出ていかなければならないという瞬間にも、いわく「イヤになって」そのまま家に帰ったという。

こうしたことをされると、やはり他人としては「ふざけるな」と思うのが道理ではないだろうか。実の弟である中川家・礼二も、本人に対して「気持ちの問題ちゃうか」と突きつけたという。

今でこそこれらの症状は現代病として多く認知されているが、剛がパニック障害を発症した1997年当時。世間はまだこの類いの病気に疎かった。

礼二が言うような「気持ちの問題」的な精神論がまかり通っていた時代でもある。ところが精神科の医者に相談するなど、積極的な治療に当たると次第に周囲の反応も変化してきたという。

一時は兄・剛に対して苛立ちをつのらせていた礼二だったが、徐々にパニック障害に理解を深めていき…最終的には「代わりに自分が頑張ろう」という気になったようである。

「その時、なんでも一人でやった経験が今になって活きている。兄の剛にはそういう意味で感謝している」と、これは中川家・礼二本人の談である。

またこの時、剛は弟の才能を自分の病気のために駄目にしてしまってはいけないと思い「芸人をやめる」と宣言したのだが、礼二はきっぱり「二人一緒でなければ俺もやめる」と言って拒否したのだ。

その内に剛の症状も治まってきて、中川家は再び二人で舞台に上がる機会が増えてきた。そして2001年にはM-1グランプリで華々しく優勝し、その名を全国に轟かせたのだ。

現在でも兄・剛のパニック障害は完治こそしていないものの、長い闘病生活のおかげで対応の仕方を覚えたため、以前よりは楽になったという。

これらのエピソードはバラエティ番組『世界仰天ニュース』でも取り上げられ、感動のストーリーとして一時期話題となった。

また中川家は関東進出後、弟・礼二のちょっとしたトラブルのため芸能界から干されていた時期もあったが、この時は兄・剛が必死に励ましたという。

まるでパニック障害に見舞われていた頃の恩返しともいえる、こちらも兄弟愛を感じさせるエピソードだ。ちなみにそんな剛いわく、芸人というのは「頭のオカシイ」部類の人らしい。

本来なら人間は「笑いたい」とは思っても「笑わせたい」という精神構造にはならないのだそうだ。

そうした「頭のオカシイ」人種だからか、彼がパニック障害を発症した時も一般人なら心配してくれるところを、芸人仲間はこぞって笑ったりネタにしたという。

こう聞くと「不謹慎だ」と思うかもしれないが、中川家・剛は「そんな環境だったから返って立ち直れた」と、後に語っている。

笑うことは精神病に有効だとはよく聞くが…とは言え、何事も人それぞれということだろうか。

 

この息子たちにして、この親あり?正真正銘『中川家』の仰天エピソード!

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弟のトラブルや兄のパニック障害など、数々の苦難を乗り越えてきた中川家。これだけでも一つの漫才コンビとしては驚きのストーリーだが、それらを遥かに上回る裏話が彼らにはある…

関西出身の芸人には良くある、いわゆる「実家ネタ」。だが中川家の場合、ちょっと格が違うのだ。

例えば実家には浴室がなく、銭湯が休みの日はお風呂に入れなかったそう。それでも入浴したい場合には、なんと玄関にお湯を張っていたという。

また貧乏だったので、クリスマスにはケーキを買うお金がなく、代わりに焼き魚にロウソクを立てていたとのこと。

このエピソードは、中川家・剛の名義で「クリスマスには焼き魚にローソクを」と言うそのままのタイトルで、書籍化までされている。

なんとなく麒麟田村の「ホームレス中学生」を匂わせる二番煎じな話ではあるが…紛れもなく事実らしい。

最も凄いのは、彼らの父親のエピソード。基本的には厳しくしつけをする人らしく、食事中の会話すら厳禁。

喋り出そうものならゲンコツが飛んでくるという、今でこそ珍しいタイプの頑固親父なんだとか。しかし本当は「女の子が欲しかった」ということで、特に兄・剛は幼少の頃は女の子用の服を着ていたという。

ちょっとゾッとするというか、何かしらの『事案』すら想像してしまうエピソードである。また父親はかなりのドケチで、おもちゃは「すぐに壊れる」という理由から買ってもらった試しはない。

子どもたちの唯一の娯楽と言えば、父親が会社からグランド花月のタダ券をもらって来るので、そこで見る漫才だけだったとのこと。

今思えば、そのおかげで二人は漫才師を目指し、現在に至る。かどうかは定かではないが、それにつけても驚きのエピソードだ。

もしかすると兄・剛と弟・礼二、そして父親の三人でこそ、真の『中川家』なのかもしれない…

中川家・剛は、2010年頃からたびたび急性膵炎(すいえん)にかかって休養を繰り返していたが、最近は精力的に芸人活動を行っている。

また私生活では、2003年ごろに結婚。双子の男児も授かっている。決して完治はしないパニック障害と向き合いながらも、しっかり幸せを掴んでいると言えるだろう。

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